さよならマイケル

さよならマイケル

 

1987年…小学5.6年生だったでしょうか?テレビを観ていたら凄くかっこいい外国人が踊りながら歌っていました。慌ててビデオを録画しました。学校から帰るとVHSが擦り切れるように再生する毎日。狭い廊下でムーンウォークを練習。何度も見ては憧れました。~

 

 

おかげさまで最近の私は多忙でして💦コロナ禍、様々な変更や再設定、新規生徒さんの増加、新たな講座、新しい道作りの日々。そんな中、1ヶ月半くらい前に耳鳴りが発症しまして💦年のせいか治りが遅く、小さく永遠の鳴る耳鳴りが残る覚悟でした。ある日ふとその姿が心の中で浮かんだので助けを求めたミュージシャンがいました。マイケルジャクソンです。

 

2009年の訃報から11年…Amazonで各アルバムの値が下がっていたので、2001年リマスター盤を中心に一気に購入。日を追うごとに私はマイケルジャクソンに魅了されていき、今では部屋にマイケルのポスター貼ろうかと悩むくらい夢中になり、いつの間にか耳のことをすっかり忘れていました()

 

私は様々な音楽を聴いてきました。作り手目線で音楽を分析し、小さな効果音や楽器の音の種類、コンプレッサーやイコライジング、リミッターのかかり具合、打ち込み、生演奏などなど、それなりに音を嗅ぎ分けることが出来ます。そんな私が改めてマイケルジャクソンの曲を分析して聴き分けたとき…「やっぱりスゲーや」と思わず声が出てしまいました。

 

オケの天上に輪郭鋭いリズムトラックとベースを置いて、オケトップ下にリズムボーカルを絡ませて、オケサイドからコーラスやシンセで和音を奏でオケを大きく包み込む手法です。けっしてマイケルの歌を前面に出しているのではなく、オケの1部となる一体感。ほどんどの手法はボーカルの邪魔しないベースで全体を包み、ボーカルを前面に出して他トラックを両サイドに振るのですが…珍しいです。彼の代名詞、ッダ・フォー・ヒィッツヒーの位置も無作為でなく定例だとシンバルやスネアのフィルインなどの位置に置いています。全体的に1拍目3拍目を強調している感が多いので日本人受けしたのは、そこも一つの理由かと思います。デンジャラス以降は無調をかなり意識していて、新たなジャンルの挑戦を感じます。(オケとは…ボーカル以外のバックサウンドのオーケストラを簡略した音楽専門用語)

 

疑惑…未だにマイケルジャクソンに様々な疑惑な目が注がれています。色んな意見がありますが、私が彼の音楽に耳を傾けて感じることは「そんな人ではない」でした。悪意はなく慈愛に満ち、無償の愛を注ぐ音楽ばかりです。

 

やっとマイケルジャクソンの死を受け入れられる自分がいます。よく考えてみると、私の音楽ルーツはニールヤング・長渕剛ではなく、小学生の時に衝撃を受けたマイケルジャクソンがビックバンでした。彼のおかげで45歳になっても、音楽が煌びやかに楽しめていることを実感します。さよならマイケル。ジョンレノンやエリオットスミスのように、これからもMJの音楽を聴いて生きて行きます。